◇ラジオたんぱ日医「医学講座」原稿
「スポーツ障害に対するペインクリニック」
2003年4月17日20:40〜21:00放送
本日は「スポーツ障害に対するペインクリニック」について、お話させて頂きます。
スポーツによって身体に生じる障害は2つに分けられ、ひとつは転倒、衝突など1回の強い力が作用して発生する骨折、捻挫、脱臼などのスポーツ外傷と、繰り返しの外力が働き発生する、疲労骨折、絞扼性神経障害、付着部症などの狭義のスポーツ障
害があります。本日はこの狭義のスポーツ障害すなわち使いすぎ症候群=overuse syndromeを中心に話を進めたいと思います。
スポーツ障害はトレーニングが原因となって発生し、疼痛のために、スポーツ活動あるいは日常生活に支障が生じてきます。スポーツのレベルは様々で、オリンピック選手やプロを頂点とする競技者から、中学校での学校体育、最近では健康維持・増進を目的としたジョギングやバレーボールなどの社会体育でもみられるようになっています。発生要因としては、解剖学的異常や絞扼性神経障害の存在、練習のし過ぎや繰り返す小外傷、不適当なフォームや靴などがあげられます。一般に予防が第一であり、基礎体力の向上、適切な技術指導、ストレッチングと適度な休養、そして技量に応じた練習量と内容が欠かせません。また、一旦生じてしまった場合、急性期には安静、冷却、圧迫、挙上、薬物、注射、牽引などを行います。これは英語の頭文字を綴ってRICEMITといわれています。さらに、慢性期には温熱、運動、日常生活動作、レクレーションを組み合わせて行います。これはHEARといわれております。主訴は疼痛であることが多いのですが、スポーツ障害に対するペインクリニックは決して普及しているとはいえません。日常診療の中で遭遇するスポーツ障害に対して私が行っているペインクリニックについて話してみたいと思います。
ペインクリニックでは主に神経ブロックが用いられています。この神経ブロックとは、「皮膚から神経近傍あるいは神経内に針を刺入し、局所麻酔薬や神経破壊薬を注入して、神経伝達機構を化学的に一時的あるいは半永久的に遮断すること」です。一方、原因が何であれ生体に加えられた痛みは、刺激となり知覚神経を介して脊髄を通り、脳に達し自覚されます。同時に、この刺激は脊髄レベルにおいて運動神経と交感神経を興奮させて、局所での乏血状態を作り、発痛物質を産生することで新たな痛みを生じます。これがいわゆる痛みの悪循環です。局麻薬による神経ブロックでは知覚神経における痛みの伝達を遮断するばかりでなく、運動神経や交感神経にも働き、この痛みの悪循環を断ち切ることになるのが重要な点です。また、一回神経ブロックで痛みの悪循環を断てない場合でも、繰り返すことによって悪循環が改善され、痛みが完全に消失してしまうことも少なくはありません。それでは、スポーツ障害を頚部、腰部、上下肢の3部位に分け、それぞれに対するブロック療法につぃて話してみたいと思います。
頚部のスポーツ障害としては頚椎椎間板ヘルニア、椎間板症さらに胸郭出 口症候群があげられ、症状として頚部痛、肩こり、上肢の放散痛やしびれ等が起ります。繰り返しの小外傷により線維輪に亀裂をきたし髄核が脱出するのが椎間板ヘルニアです。椎間板症は椎間板の退行変性が慢性に進行し椎体の骨棘形成をきたしたものです。胸郭出口症候群は頚肋などの解剖学的素因に繰り返し加わる動的ストレスによって発症するものです。岩手医大整形外科の報告では胸郭出口症候群の402例中7例、1.8%がスポーツによって起きていたとしています。頚部のスポーツ障害を引き起こし易い種目としては、柔道、レスリング、跳躍、体操、水泳、ゴルフなどがあげられます。
これら頚部のスポーツ障害に用いられることの多いブロックとしては、疼痛部位へのTrigger
point注射、浅部頚神経叢ブロック、星状神経節ブロック、頚部硬膜外ブロックがあげられます。ここでは浅部頚神経叢ブロックと星状神経節ブロックについてお話したいと思います。
まず、浅部頚神経叢ブロックについてです。浅部頚神経叢は胸鎖乳突筋の後縁から皮下に出て小後頭神経・大耳介神経・頚横神経・鎖骨上神経となり、耳介周囲から鎖骨上部にかけての皮膚知覚を支配しています。浅部頚神経叢ブロックは、患者を仰臥位とし、枕を用いて顔はブロック側の反対に向けます。胸鎖乳突筋の後縁で外頚静脈と交差した点より1.5cm頭側が刺入点です。局麻薬3〜5mlを用い、筋膜の内外に注入します。良い位置に、即ち筋膜のすぐ外側に注入されると、注入薬が胸鎖乳突筋の後縁に沿って、直線的に拡がるのが分かります。
つぎに、星状神経節ブロックについてです。頚部の交感神経は胸郭入口より頭蓋底まで広がり、その間に3〜4個の神経節を形成しています。中でも星状神経節は最も大きなもので、第7頚椎と第1胸椎横突起の前方にあります。このブロックは患者を仰臥位とし、頚部を伸展させます。胸鎖関節から2横指頭側で胸鎖乳突筋内縁に左手の示指、中指をあて、胸鎖乳突筋を外側方に圧排しながら気管、甲状腺と筋肉の間の軟部組織を押し分けるようにして、指先を患者の背側方向にもぐり込ませて行きます。ある程度指が入ったら、指先を揃えて体軸方向に動かすと大豆大の突起物が触れます。これが第6頚椎横突起の前結節であり、頚椎の中で最も大きなものです。第6頚椎横突起の前結節に針先を固定し、血液の逆流がないことを確かめながら、3〜5mlの局麻薬をゆっくりと注入します。また、星状神経節ブロックの効果がみられると、ホルネル三徴候、すなわち眼裂狭小、縮瞳、眼球陥凹が出現します。同時に眼球結膜の充血、鼻閉もみられ、これらは全て頚部交感神経幹の遮断による症状です。
腰部のスポーツ障害としては腰痛症が最も多く68%を占め、ほかに腰椎椎間板ヘルニアが13%、脊椎分離症9%、変形性脊椎症5%、打撲・挫傷3%、骨折・捻挫2%を占めるといわれております。腰痛症が多い理由の一つとして、抗重力筋である脊柱起立筋群が強化されすぎて、前わんが増強することがあげられています。分離症はその昔、先天性の病気と考えられていたのですが、現在では発育期の児童の腰椎椎弓に一種の疲労骨折が起きて分離してくるものと考えられています。その頻度は一般の人で約20人に1人であるのに対して、スポーツ選手では5人に1人と4倍も多くなっ
> ています。腰椎椎間板ヘルニアは頚部のものと同様に、繰り返しの小外傷によって線維輪に亀裂をきたし、髄核が脱出して症状をきたすものです。最近5年間に当クリニックで入院加療した腰椎椎間板ヘルニア
73例中、明らかにスポーツ障害によるものは10例 (14%)でした。 腰部のスポーツ障害で用いるブロックは、Trigger
point注射、椎間関節ブロック、硬膜外ブロック、神経根ブロックなどです。ここで椎間関節ブロックと硬膜外ブロックについてお話したいと思います。
まず、椎間関節ブロックについてです。正確にはブロックではなく関節内注射ですが、除痛法として有用なのでブロックの一種として扱われています。圧痛のみられた椎間で、尾側棘突起の下1/2の線上で、正中から1〜2cm外側の点が刺入点です。初め皮膚に直角に針を進め、一度椎弓後面にあてます。その深さを指標として針先を頭外側に向け椎間関節内に刺入します。関節周囲の靱帯を貫く時、独特な感触があります。x線透視下で行う方も多いと思います。使用薬液としては1%メピバカイン5mlを用いています。
つぎに、硬膜外ブロックについてです。硬膜外ブロックには穿刺部位により腰椎硬膜外ブロックと仙骨硬膜外ブロックとがあり、また注入法により1回法とカテーテルをもちいた持続法とがあります。なかでも仙骨硬膜外ブロック1回法は、臨床で非常に多用されるブロックであります。ブロック体位は腹臥位で行い、骨盤のところに枕を入れて臀部を突き出させます。仙骨角を左の示指と中指で触れ、仙骨裂孔を確認し、10ml注射器に23Gのブルー針を付け穿刺します。仙尾靭帯の注入抵抗を感じながら針を進め、急に抵抗が消失し、「カツン」と骨面にあたった部位が目的の硬膜外腔です。仙骨管内に沿って針先を頭側に進める必要はありません。吸引テストで血液の逆流のないことを確認し、1%メピバカイン10mlを注入します。
上肢および下肢におけるスポーツ障害には様々なものがありますが、ここでは特に絞扼性神経障害と付着部症を中心にお話させていただきます。まず、絞扼性神経障害についてです。これは末梢神経が絞扼され神経障害をきたすものであります。上肢においては、肩甲切痕部での肩甲上神経障害、肩関節後面での腋窩神経障害、肘窩部で正中神経が絞扼される回内筋症候群、上腕骨内果部で尺骨神
> 経が絞扼される肘部管症候群、手関節部で正中神経が絞扼される手根管症候群などがあげられます。また、下肢においては、坐骨神経が骨盤の出口で梨状筋によって絞扼される梨状筋症候群、鼠径部で大腿外側皮神経が絞扼される知覚異常性大腿痛、伏在神経が絞扼されるハンター管症候群、足関節内側部で脛骨神経が絞扼される足根管症候群、足趾間の靭帯で総足底趾神経が絞扼されるモルトン病があげられます。これらの治療には局麻薬あるいはステロイドを併用して、各々の末梢神経へ局所浸潤ブロックを行うのが効果的であります。
つぎに、付着部障害についてです。付着部とは腱、靭帯、関節包などが骨に接合している部位であります。この部位は外傷、変性、炎症あるいは代謝性疾患などの好発部位でもあります。上肢の方では、肩関節には腱板炎や肩峰下滑液包炎がみられ、impingement
syndrome と呼ばれています。また、上腕骨上顆炎は野球、ゴルフ、弓道、バトミントンなど、道具を使用するスポーツで起こります。このため、外側上顆炎はテニス肘、内側上顆炎はゴルフ肘ともいわれています。下肢の方に目を移すと、骨盤部には突起炎や恥骨結合炎がみられます。膝にはosgood-schlatter病、ジャンパー膝、腸脛靱帯炎などがみられます。下腿には脛骨過労性骨膜炎、アキレス腱炎があり、ランニング障害として有名です。足には,有痛性外脛骨、足低筋膜炎がみられます。これらの障害では急性期には安静、冷却、圧迫などの、いわゆるRICEMITが必要ですが、慢性期には局麻薬とステロイド剤による局所浸潤ブロックが有用であり、ストレッチングと併用して行います。
□まとめ
スポーツ障害の治療において主訴である痛みを早期に除去できるペインクリニックはきわめて有用な方法であります。
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佐々木整形外科麻酔科クリニック
佐々木信之
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